日本史人生シミュレーター

藤堂高虎

武将・築城の名人
時代:安土桃山〜江戸時代 / 1556年〜1630年(74歳ほど)
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歩んだ道

1556年

誕生

近江の藤堂村(滋賀県)の武士の家に生まれた。体が大きく力が強かったと伝わる。

1570年

浅井氏の足軽

浅井長政の足軽として姉川の戦いに加わった。その後、主君を何度も変えながら力を認められていった。

1576年

秀長に仕える

豊臣秀吉の弟・羽柴秀長に仕えた。秀長のもとで各地の戦いで活躍し、城づくりの腕もみがいた。

1595年

宇和島の大名

秀長の家が絶えたあと秀吉に直接仕え、伊予の宇和島をあたえられた。宇和島城を築いた。

1597年

慶長の役

朝鮮出兵(慶長の役)で水軍を率いて戦った。

1600年

関ヶ原の戦い

秀吉の死後は早くから徳川家康に近づき、関ヶ原の戦いでは東軍として戦った。西軍の武将に寝返りをはたらきかけたともいわれる。戦後、今治をふくむ伊予半国をあたえられた。

1606年

江戸城の工事

江戸城の大きな改修工事で縄張り(設計)を担当した。今治城、篠山城など多くの城を手がけ、築城の名人として知られる。

1608年

津の大名

伊勢の津と伊賀に移され、伊賀上野城を大きく改修した。大坂の豊臣方に備える意味もあった。

1615年

大坂の陣

大坂の陣で徳川方として戦い、夏の陣では八尾で長宗我部盛親の軍と激しく戦った。

1616年

家康の最期にそう

病気の家康のそばに仕え、深く信頼された。家康の死後も将軍秀忠・家光に重んじられた。

1630年

最期

江戸で亡くなった。主君を何度も変えたことから悪くいわれることもあるが、実力で一足軽から大名にのぼりつめた人物だった。

この時代に起きたこと

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