摂津(大阪府)の武士・高山友照の長男として生まれた。
父とともにキリスト教の洗礼を受け、ジュストという名を得た。この後、生涯信仰を守り続けた。
父とともに摂津の高槻城の城主となった。領内に教会を建て、キリシタンが大きく増えた。
主君の荒木村重が織田信長に背いた。信長は、右近が従わなければ宣教師や信者を罰すると迫った。悩んだすえ右近は城を出て信長に従った。
本能寺の変のあと、羽柴秀吉について山崎の戦いで明智光秀と戦い、先陣で活躍した。
播磨の明石に領地を移された。茶の湯を千利休に学び、すぐれた弟子の一人に数えられた。
豊臣秀吉がバテレン追放令を出した。信仰を捨てるよう命じられたが拒み、大名の地位と領地を失った。
加賀の前田利家にむかえられ、金沢で暮らした。金沢城の改修などにも力を貸したといわれる。
江戸幕府のキリシタン国外追放令によって、家族とともにマニラ(フィリピン)へ送られた。マニラでは人々に盛大にむかえられた。
マニラに着いて間もなく、病気のため亡くなった。信仰をつらぬいた生き方がたたえられ、2017年にカトリック教会から「福者」とされた。
千利休明智光秀織田信長豊臣秀吉前田利家黒田孝高(官兵衛)前田利長堀秀政
織田長益(有楽斎)本多忠勝ねね(高台院)榊原康政毛利輝元堀秀政角倉了以蒲生氏郷
教科書や伝記で確かめられる事実をもとにしています。不確かなことは「諸説あり」「と伝わる」としています。