日本史人生シミュレーター

毛利輝元

戦国大名・五大老
時代:安土桃山〜江戸時代 / 1553年〜1625年(72歳ほど)
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歩んだ道

1553年

誕生

毛利元就の長男・隆元の長男として生まれた。

1563年

家督を継ぐ

父の隆元が急に亡くなり、幼くして毛利家の当主となった。祖父の元就が後見した。

1566年

尼子氏をほろぼす

祖父とともに出雲の月山富田城を落とし、長く争ってきた尼子氏をほろぼした。毛利氏は中国地方の大部分を支配した。

1571年

両川に支えられて

元就が亡くなり、叔父の吉川元春・小早川隆景の「毛利両川」に支えられて政治を行った。

1576年

信長との対決

追放された将軍足利義昭を鞆にむかえ、信長と戦う石山本願寺に水軍で兵糧を運び入れた(第一次木津川口の戦い)。

1578年

鉄甲船に敗れる

第二次木津川口の戦いで、鉄板でおおった信長の大船に毛利水軍が敗れた。

1582年

高松城の和睦

羽柴秀吉に備中高松城を水攻めにされ、和を結んだ。本能寺の変の直後で、秀吉は急いで京都へ引き返した。

1589年

広島城

太田川の河口に広島城を築き始め、城下町をつくった。これが今の広島市のはじまりとなった。

1598年

五大老

豊臣政権の五大老の一人となった。

1600年

西軍の総大将

関ヶ原の戦いで西軍の総大将として大坂城に入ったが、自らは戦わなかった。一族の吉川広家がひそかに徳川方と通じていた。戦いのあと、領地を周防・長門の2か国に大きく減らされた。

1604年

萩城

出家して宗瑞と名のり、長門の萩に城を築いた。萩は長州藩の中心として江戸時代を通じて栄えた。

1625年

最期

萩で亡くなった。毛利家は長州藩として続き、幕末には明治維新の中心の一つとなった。

この時代に起きたこと

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関係する人物

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