日本史人生シミュレーター

北条早雲(伊勢宗瑞)

戦国大名(後北条氏の祖)
時代:戦国時代 / 1456年〜1519年(63歳ほど)
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歩んだ道

1456年

誕生

室町幕府の役人の家柄である伊勢氏の一族として、備中(岡山県)で生まれたとされる(生年は1432年説もあり、諸説あり)。本当の名は伊勢盛時。「北条早雲」は後の時代の呼び名である。

1476年

駿河へ

姉(妹とも)の北川殿は駿河の今川義忠の妻だった。義忠が戦で亡くなり、跡継ぎ争いが起きると、駿河に下って調停にあたったと伝わる。

1483年

将軍に仕える

このころ京都で9代将軍・足利義尚に仕え、申次衆(取り次ぎ役)をつとめた。禅も学んだ。

1487年

甥を当主に

ふたたび駿河に下り、今川家の実権をにぎっていた小鹿範満を討って、甥の氏親を今川家の当主にした。その功で興国寺城を与えられた。

1493年

伊豆討ち入り

伊豆の堀越公方・足利茶々丸を攻めて伊豆を手に入れた(年は諸説あり)。家柄ではなく実力で国を奪ったことから、戦国時代の始まりを告げる下剋上の例として語られる。

1495年

小田原城

相模の小田原城を大森氏から奪い、関東進出の足がかりとした(年は諸説あり)。のちに小田原は北条氏5代の本拠となった。

1498年

民をいたわる政治

伊豆を平定した。年貢を軽くするなど、領民をいたわる政治を行ったと伝わる。家臣の心得をまとめた「早雲寺殿廿一箇条」は早雲の教えとされる。

1516年

相模を平定

三浦半島の三浦氏を新井城でほろぼし、相模をすべて手に入れた。

1518年

跡を継がせる

子の氏綱に家督をゆずった。氏綱の代から北条を名のり、鎌倉時代の北条氏と区別して「後北条氏」と呼ばれる。

1519年

最期

伊豆の韮山城で亡くなった。北条氏はこのあと約70年、関東で大きな力をもった。

この時代に起きたこと

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