日本史人生シミュレーター

北条氏康

戦国大名(関東)
時代:戦国時代 / 1515年〜1571年(56歳ほど)
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歩んだ道

1515年

誕生

北条氏綱の長男として生まれた。祖父は北条早雲(伊勢宗瑞)である。

1530年

初陣

15歳で初めて戦に出て、扇谷上杉氏の軍を小沢原で破った。

1541年

家督を継ぐ

父の氏綱が亡くなり、26歳で北条家の当主となった。父は「勝って兜の緒をしめよ」など、家臣や民を大切にする心得を書き残したと伝わる。

1546年

河越夜戦

河越城を囲んだ上杉氏・足利氏の大軍を、はるかに少ない兵で夜に奇襲して大勝した(兵の数は諸説あり)。北条氏が関東の主役となるきっかけとなった。

1550年

税の改革

飢饉や地震で苦しむ農民のために、さまざまな税をまとめて軽くする改革を行った。検地も進め、領国の政治を整えた。

1552年

関東管領を追う

関東管領の上杉憲政を上野から追い出した。憲政は越後の長尾景虎(上杉謙信)を頼り、のちの謙信との長い戦いの原因となった。

1554年

三国同盟

武田信玄・今川義元と同盟を結んだ。娘を今川氏真に嫁がせ、子の氏政は信玄の娘を妻にむかえた。

1559年

隠居

子の氏政に家督をゆずったが、その後も実権をにぎって政治を指導した。家臣の領地と負担を記した「小田原衆所領役帳」を作らせた。

1561年

小田原城の籠城

上杉謙信が関東の大名を率いて小田原城を囲んだ。氏康は城にこもって守りぬき、謙信は1か月ほどで引き上げた。

1569年

越相同盟

武田信玄が駿河に攻めこんで三国同盟がくずれると、長く争ってきた上杉謙信と手を結んだ。

1571年

最期

小田原城で56歳で亡くなった。子の氏政に、ふたたび武田氏と同盟を結ぶよう言い残したと伝わる。北条氏の関東支配を大きく固めた名君とされる。

この時代に起きたこと

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