日本史人生シミュレーター

小早川隆景

戦国武将(毛利家)
時代:戦国時代 / 1533年〜1597年(64歳ほど)
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歩んだ道

1533年

誕生

安芸(広島県)の毛利元就の三男として生まれた。

1544年

小早川家へ

父の考えで、安芸の竹原小早川家の養子となった。のちに沼田小早川家も継ぎ、二つの小早川家を一つにまとめた。

1555年

厳島の戦い

厳島の戦いで小早川の水軍を率いて父の勝利を助けた。瀬戸内海の村上水軍を味方につけるのにも力をつくしたといわれる。

1557年

三子への教え

父の元就は、隆景ら三人の息子に、力を合わせて毛利家を守るよう説く長い手紙を書いた。のちに「三本の矢」の話として広まった。

1571年

毛利両川

父が亡くなると、兄の吉川元春とともに、おいの毛利輝元を支えた。二人は「毛利両川」とよばれた。

1582年

高松城の和睦

羽柴秀吉と備中高松城で和を結んだ。その直後に本能寺の変を知ったが、約束を守って秀吉を追わなかったと伝わる。この判断が、のちの毛利家と秀吉の良い関係につながった。

1585年

伊予の大名

秀吉の四国攻めに加わり、伊予(愛媛県)をあたえられた。

1587年

筑前の大名

九州攻めのあと、筑前(福岡県)などを領地としてあたえられ、名島城を築いた。

1593年

碧蹄館の戦い

朝鮮出兵(文禄の役)で、碧蹄館の戦いで明の軍を破った。

1595年

五大老と隠居

秀吉のおいの秀秋を養子にむかえて家督をゆずり、自分は三原に隠居した。豊臣政権の五大老の一人にも数えられた。

1597年

最期

三原で亡くなった。毛利家を外から支えた知将として知られる。

この時代に起きたこと

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