ポルトガルのリスボンに生まれた。若いころ国王の役所で働いていたといわれる。
イエズス会に入り、インドのゴアへ渡った。ゴアで、日本へ向かう前のフランシスコ・ザビエルや日本人のヤジロウに出会ったといわれる。
司祭となり、肥前(長崎県)の横瀬浦に着いた。日本語を学び、九州で布教を始めた。
京都に入って布教したが、戦乱のため一時京都を追われた。
二条城を建てている現場で織田信長と会い、京都での布教を許された。こののちも信長と何度も会い、その人柄や様子をくわしく書き残した。
イエズス会の命令で、日本での布教の歴史を記録する『日本史』を書き始めた。戦国時代の日本のようすを知る大切な資料となっている。
日本とヨーロッパの習慣のちがいをくらべた本(『日欧文化比較』)をまとめた。食事や服装など、身近な暮らしのちがいが書かれている。
豊臣秀吉がバテレン追放令を出し、宣教師は九州などでひそかに活動を続けた。フロイスはそのようすも記録した。
天正遣欧使節の帰国に同行した使節に付き添ったあと、マカオに渡った。
長崎にもどり、二十六人のキリシタンが処刑された事件(二十六聖人の殉教)を記録した。その後まもなく長崎で亡くなった。
龍造寺隆信上杉謙信大友宗麟吉川元春小早川隆景朝倉義景島津義久大村純忠
教科書や伝記で確かめられる事実をもとにしています。不確かなことは「諸説あり」「と伝わる」としています。