明智光秀の娘として生まれ、玉(たま)と名づけられた。
織田信長のすすめで、細川藤孝の子・忠興と結婚した。美しく、かしこい女性だったと伝わる。
父の光秀が本能寺の変を起こして敗れた。玉は「謀反人の娘」として、夫によって丹後の味土野の山奥に移され、約2年間ひっそりと暮らした。
豊臣秀吉の許しが出て、大坂の細川家の屋敷にもどった。しかし外出は自由にできず、心の悩みを深めた。
夫が九州に出陣している間に、ひそかに教会をたずねてキリスト教を知った。侍女の手で洗礼を受け、「恵み」を意味するガラシャという名を得た。
関ヶ原の戦いの直前、石田三成が大名の妻たちを人質に取ろうとし、ガラシャにも屋敷を出るよう求めた。ガラシャはこれを拒んだ。キリスト教では自ら命を絶つことが禁じられていたため、家臣の手によって命を落とし、屋敷は燃やされた。「散りぬべき 時知りてこそ 世の中の 花も花なれ 人も人なれ」という辞世の歌が伝わる。
井伊直政福島正則加藤清正前田利長加藤嘉明細川忠興ウィリアム・アダムス(三浦按針)池田輝政
教科書や伝記で確かめられる事実をもとにしています。不確かなことは「諸説あり」「と伝わる」としています。