肥後の熊本藩の武士の家に生まれた。
江戸に学びに出て、水戸藩の藤田東湖らと交わった。
このころ、熊本で塾を開き、世の中の役に立つ学問「実学」を説いた。
福井藩主の松平春嶽に招かれ、藩の政治の相談役となった。
国を豊かにし、軍備を強め、よい政治を行う道を説いた『国是三論』を書いた。
春嶽が幕府の要職につくと、それを助けて幕府の政治の改革を進めた。
おそわれた時に逃げたことを責められ、武士の身分を取り上げられて熊本で暮らした。坂本龍馬らが訪ねてきた。
明治新政府に招かれ、政治の重要な役についた。
京都で、開国に反対する武士たちにおそわれて命を落とした。
高野長英ハリス藤田東湖島津斉彬緒方洪庵堀田正睦佐久間象山井伊直弼
教科書や伝記で確かめられる事実をもとにしています。不確かなことは「諸説あり」「と伝わる」としています。