北近江(滋賀県)の大名・浅井久政の子として生まれた。当時の浅井氏は南近江の六角氏に従う立場で、長政は六角氏の城下で生まれたといわれる。
15歳で、六角氏の大軍を野良田の戦いで破った。六角氏の家臣の娘だった妻と別れ、六角氏から独立する姿勢を示した。家臣たちは若い長政を当主に立てた。
織田信長の妹お市と結婚し、信長と同盟を結んだ(年は諸説あり)。二人の間には茶々・初・江の三姉妹が生まれた。仲のよい夫婦だったといわれる。
信長が足利義昭を奉じて京都に上るとき、六角氏攻めに協力した。
信長が浅井氏と古くから親しい越前の朝倉氏を攻めると、長政は信長に背いて背後から攻めた。信長は金ヶ崎から命からがら退いた。朝倉氏との長い縁を重んじる家臣たちの声もあったといわれる。
朝倉軍とともに、織田・徳川軍と姉川で戦って敗れた。その後も、本願寺や武田氏などと結んで信長に抵抗を続けた。
朝倉氏がほろぼされたあと、本拠の小谷城を信長に囲まれた。妻のお市と三人の娘を信長のもとへ送り出し、自ら命を絶った。28歳だった。
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徳川家康狩野永徳古田織部竹中重治(半兵衛)黒田孝高(官兵衛)武田勝頼最上義光お市の方
教科書や伝記で確かめられる事実をもとにしています。不確かなことは「諸説あり」「と伝わる」としています。