日本史人生シミュレーター

徳川秀忠

江戸幕府の2代将軍
時代:江戸時代 / 1579年〜1632年(53歳ほど)
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歩んだ道

1579年

誕生

徳川家康の三男として遠江の浜松で生まれた。兄の信康が亡くなったことなどから、跡継ぎとして育てられた。

1590年

秀吉に会う

京都に上り、豊臣秀吉に会った。秀吉から「秀」の字をもらい、秀忠と名のった。

1595年

江との結婚

浅井長政とお市の娘で、淀殿の妹の江と結婚した。二人の間には、のちの3代将軍家光や千姫が生まれた。

1600年

関ヶ原に遅れる

関ヶ原の戦いのとき、大軍を率いて中山道を進んだが、真田昌幸の上田城で足止めされ、決戦に間に合わなかった。家康にきびしくしかられた。

1605年

2代将軍

家康から将軍職をゆずられ、2代将軍となった。将軍職が徳川家に受けつがれることを世に示した。

1615年

武家諸法度

大坂夏の陣で豊臣氏がほろんだあと、武家諸法度・禁中並公家諸法度や一国一城令を出し、大名や朝廷をおさえるしくみを整えた。

1616年

家康の死

家康が亡くなり、秀忠が自ら政治を行うようになった。ヨーロッパの船が来る港を平戸と長崎に限った。

1619年

大名への厳しい処分

広島城を無断で直した福島正則の領地を取り上げるなど、大名にきびしい態度をとった。

1620年

和子の入内

娘の和子を後水尾天皇のきさきとし、朝廷との結びつきを強めた。

1623年

大御所

将軍職を子の家光にゆずったが、大御所として実権をにぎり続けた。

1632年

最期

江戸城で亡くなった。家康が開いた幕府の土台を固めた将軍だった。

この時代に起きたこと

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