何をした人?
江戸時代後期の文人で、狂歌の第一人者です。幕府の下級役人として勤めながら、若くして狂詩集『寝惚先生文集』で名を上げ、四方赤良の名で天明の狂歌ブームを率いました。のちに学問吟味で首席となり、役人としても活躍し、晩年は蜀山人と号しました。
| 名前 | 大田南畝 |
|---|---|
| 生没年 | 1749年(寛延2年) – 1823年(文政6年) |
| 時代 | 江戸時代 |
| 出身地 | 江戸牛込(現在の東京都新宿区) |
| 別名 | 四方赤良、蜀山人、寝惚先生 |
| 主な業績 |
|
江戸の牛込で、将軍の外出の警護などに当たる御徒の大田正智の子として生まれた。名は覃、通称は直次郎。家は身分の低い武士で暮らしは貧しかったが、幼いころから学問や文章に優れていた。のちに蜀山人の号でも知られる。
歌人として名高い内山賀邸に入門し、国学や漢学、漢詩などを学んだ。学費のために借金をしながらの勉強だったという。ここでのちの狂歌仲間となる朱楽菅江や唐衣橘洲とも知り合い、学問と遊び心をあわせ持つ文人への道が開けた。
父にならって御徒見習いとなり、幕府に仕える身となった。勤めのかたわら学問を続け、荻生徂徠の流れをくむ漢学者の松崎観海に学んだ。翌年には、漢詩を作るための用語辞典『明詩擢材』を出し、学識の深さを示した。
書きためた狂詩が年上の仲間平秩東作に見いだされ、『寝惚先生文集』として出版された。漢詩の形を借りて世の中をおかしく描いた作品で、平賀源内が序文を寄せた。漢詩を学ぶ武士たちに大評判となり、江戸に狂詩がはやるきっかけとなった。
唐衣橘洲の歌会に加わったころから四方赤良と名乗り、それまで詠み捨てにされていた狂歌を中心とする会を開くようになった。上方が中心だった狂歌は、南畝たちの活動によって江戸で大流行し、天明狂歌と呼ばれる盛り上がりを迎えていく。
出版を本格化させた蔦屋重三郎を版元として黄表紙『嘘言八百万八伝』を出した。南畝は月見の会などで多くの人を集め、町人や武士、絵師たちと交流した。のちに人気作家となる山東京伝も、このころ南畝が才能を見いだした一人といわれる。
朱楽菅江とともに『万載狂歌集』を編んだ。題名は勅撰和歌集の『千載和歌集』をもじったもので、200人以上の狂歌を集めた。この本は大評判となり、江戸の狂歌ブームは頂点に達した。南畝はその中心人物として名声を高めた。
田沼意次の失脚後、南畝を援助していた役人土山宗次郎が罪に問われて処罰された。松平定信の寛政の改革が始まると、南畝は狂歌から離れて勤めに励んだ。改革を皮肉る有名な狂歌の作者と疑われたとの話もあるが、確かではない。
幕府が始めた学問の試験である学問吟味を受け、のちに長崎奉行となる遠山景晋とともに、御目見以下の部門で首席の成績で合格した。狂歌で有名な南畝は出世できないとからかわれていたが、学識で実力を示した。
支配勘定に任じられ、幕府の財政を扱う勘定所で働くことになった。のちに勘定所の倉庫に積まれた古い書類の整理を命じられた際には、その中から役に立つ記録を選んで資料集にまとめ、江戸幕府の財政を知る貴重な史料を残した。
大坂銅座に赴任した。中国で銅山を「蜀山」と呼ぶことにちなんで蜀山人と号し、再び狂歌を少しずつ詠むようになった。大坂では物産学者の木村蒹葭堂や国学者の上田秋成らと交流し、京・大坂の町の様子を書き記した。
長崎奉行所に赴任し、ロシア使節レザノフの来航に関わる仕事に当たった。長崎での見聞を記した随筆には、コーヒーを飲んだ体験が書かれており、日本でもっとも早いころのコーヒーを飲んだ記録の一つとされている。
隅田川にかかる永代橋が祭りの人出で崩れ落ちる大事故を、偶然目の当たりにした。南畝は自らさまざまな話や証言を集めて本にまとめた。随筆『半日閑話』などにも町のできごとを多く書き残し、当時の世相を伝えている。
元日に、長く生きて天地の恩を受けたことを詠んだ。役所へ向かう途中で転んだことがもとで体をこわし、4月に亡くなった。高齢になっても勤めを続けた。死を前にしたおかしみのある辞世の歌も伝わるが、確かではない。
A. 江戸時代後期の文人で、狂歌の第一人者です。幕府の下級役人として勤めながら、若くして狂詩集『寝惚先生文集』で名を上げ、四方赤良の名で天明の狂歌ブームを率いました。のちに学問吟味で首席となり、役人としても活躍し、晩年は蜀山人と号しました。
A. 江戸時代の人物です。1749年(寛延2年)に生まれ、1823年(文政6年)に亡くなりました。
A. 大田南畝は江戸牛込(現在の東京都新宿区)の生まれです。
A. 和歌と同じ五・七・五・七・七の形で、日常の出来事や世の中をユーモアや皮肉を込めて詠んだ歌です。江戸時代中期から後期に大流行し、大田南畝はその中心人物でした。
参考:Wikipedia (ja) / Wikipedia (en) / Wikipedia (fr) / Wikipedia (zh) / Wikidata
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