日本史人生シミュレーター

前田利家

武将(加賀藩の祖)
時代:安土桃山時代 / 1538年〜1599年(61歳ほど)
この人の一生をたどる(自動再生)

歩んだ道

1538年

誕生

尾張の荒子(名古屋市)の武士・前田利春の四男として生まれた(生年は諸説あり)。

1551年

信長に仕える

このころ、若い織田信長に仕えた。長い槍を使いこなし「槍の又左」と呼ばれた。派手な身なりを好む「かぶき者」だったと伝わる。

1558年

まつとの結婚

いとこのまつと結婚した。まつはまだ少女だったが、のちに利家を支える賢い妻として知られ、子どもを多くもうけた。

1559年

追放される

信長のお気に入りの茶坊主を、争いの末に斬ってしまい、信長に仕えることを禁じられた。

1560年

手柄を立てて帰参

許しのないまま桶狭間の戦いに加わって手柄を立てた。翌年の戦いでも活躍し、ようやく信長のもとに戻ることを許された。

1569年

前田家を継ぐ

信長の命令で、兄にかわって前田家を継いだ。その後、各地の戦いで活躍した。

1581年

能登の大名

柴田勝家のもとで北陸攻めに加わり、能登一国をあたえられて大名となった。

1583年

秀吉の側へ

賤ヶ岳の戦いでは勝家の軍にいたが、戦いの途中で兵を引いた。古い友人の秀吉に従い、加賀の金沢城に入った。

1584年

末森城の戦い

越中の佐々成政に囲まれた末森城を救い、北陸での立場を固めた。

1598年

五大老

豊臣政権の五大老の一人となり、秀吉の死の前に、幼い秀頼の世話役をたのまれた。徳川家康と並ぶ重い立場にあった。

1599年

最期

大坂で病気のため亡くなった。利家の死後、家康をおさえる人がいなくなり、関ヶ原の戦いへと向かっていった。前田家は加賀百万石の大名として江戸時代を通じて続いた。

この時代に起きたこと

この人の一生をたどる(自動再生)

関係する人物

柴田勝家織田信長徳川家康浅野長政織田長益(有楽斎)高山右近石田三成福島正則

同じ時代の人物(戦国・安土桃山)

丹羽長秀足利義輝豊臣秀吉足利義昭北条氏政足利義栄今川氏真鍋島直茂

戦国・安土桃山の人物一覧 ・ 時代別の人物一覧

教科書や伝記で確かめられる事実をもとにしています。不確かなことは「諸説あり」「と伝わる」としています。

人物一覧へ