日本史人生シミュレーター

柴田勝家

織田家の重臣
時代:戦国時代 / 1522年〜1583年(61歳ほど)
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歩んだ道

1522年

誕生

尾張(愛知県)の柴田氏に生まれたとされる(生年は諸説あり)。若いころのことはあまりわかっていない。

1556年

稲生の戦い

信長の弟・信勝(信行)の重臣として、信長と家督を争って稲生で戦い、敗れた。信長の母のとりなしで許された。

1557年

信長に仕える

信勝がふたたび信長に背こうとしたとき、勝家はそれを信長に知らせた。信勝は討たれ、勝家はこの後、信長の家臣として忠実に仕えた。

1568年

上洛の先陣

信長が足利義昭を奉じて京都に上るとき、先陣として活躍した。勇猛な戦いぶりから「鬼柴田」と呼ばれた。

1570年

瓶割り柴田

近江の長光寺城で六角氏に囲まれ水を断たれたが、残った水の瓶を割って兵を奮い立たせ、打って出て勝ったと伝わる。

1575年

越前を治める

越前の一向一揆をしずめたあと、信長から越前の大部分をまかされ、北ノ庄城(福井市)を築いた。農民から武器を取り上げる刀狩も行ったといわれる。

1577年

北陸の戦い

北陸方面の総大将として上杉謙信と向き合った。手取川の戦いでは謙信に敗れたが、その後も加賀・能登・越中へと攻め進めた。

1582年

本能寺の変と清洲会議

越中の魚津城を攻め落としたころに本能寺の変が起き、明智光秀を討つのに間に合わなかった。清洲会議では羽柴秀吉に主導権をにぎられた。そのあと信長の妹お市と結婚した。

1583年

最期

秀吉と賤ヶ岳で戦って敗れ、北ノ庄城に戻った。囲まれた城でお市とともに自ら命を絶った。お市の三人の娘は城から送り出された。

この時代に起きたこと

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